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東京高等裁判所 昭和58年(ラ)7号 決定

抗告人 吉田淳

相手方 吉田公子 外4名

主文

一  原審判を次のとおり変更する。

1  被相続人吉田健司の遺産を次のとおり分割する。

(一)  別紙遺産目録(編略)10、14、15及び27記録の不動産は、抗告人の取得とする。

(二)  別紙遺産目録17、28、36及び37記載の不動産、並びに定期預金合計206万1256円の代償請求権は、相手方吉田公子の取得とする。

(三)  別紙遺産目録1ないし9、11ないし13、16、18ないし26、29ないし34記載の不動産、電話加入権(電話番号××××-××-××××、設置場所君津市○○××番地)、及び君津市○○農業協同組合に対する出資金10万円の返還請求権は、相手方吉田秀明の取得とする。

2  相手方吉田秀明は、遺産取得の代償として、次の金員を支払え。

(一)  相手方吉田公子に対して70万円

(二)  相手方川畑まき子に対して150万円

(三)  相手方江田悦子に対して150万円

二  原審判及び抗告審の手続費用は各自の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。本件を千葉家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるものであり、本件抗告の理由は別紙のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  相続人の範囲と法定相続分

原審判理由欄一の「相続人と法定相続分」の説示を引用する。

2  遺産の範囲及びその評価

本件記録によれば、亡吉田健司の遺産及びその評価は、次のとおりと認められる。

(一)  不動産について

(1) 別紙遺産目録1ないし37記載の不動産は、亡健司の遺産である。抗告人主張の字○○××番×畑1110平方メートルは、遺産とは認められない。

(2) 別紙遺産目録35記載の建物は、老朽化により、相続開始後に滅失したため、遺産分割の対象とならない。

(3) 別紙遺産目録1ないし34、36及び37記載の不動産の遺産分割時の評価額は、合計1919万1538円である。右遺産分割時の評価額は、各不動産につき、原審判が採用した昭和57年4月当時の固定資産税評価額と相続税課税評価額との比率を求め、これを平成元年度の固定資産評価額に乗じて求めたものである。

(二)  預金について

(1) 君津市○○農業協同組合に対する次の預金が亡健司の遺産である。

(イ) 普通預金 約210万円

(ロ) 定期預金 合計206万1256円

(2) 右預金のうち、普通預金の一部は相手方公子らの生活費に充てられたが、大部分は、亡健司の葬儀費用、その後の供養の費用、基石建立費用等に費消されたと認められ、生活費充当分の金額を確定することはできないから、普通預金は全体として遺産分割の対象とならないものとするのが相当である。しかし、右定期預金については、亡健司の葬儀・祭祀に費消されたと認めることはできないから、右定期預金は、相手方公子の生活費等に費消されたと推認せざるをえない。したがつて、相手方公子に対する代償請求権206万1256円が遺産分割の対象となると扱うのが相当である。

(三)  電話加入権について

(1) 次の電話加入権が亡健司の遺産である。

電話番号××××-××-××××

設置場所君津市○○××番地

(2) 右電話加入権の遺産分割時の評価額は、5万7000円である。

(四)  出資金について

(1) 君津市○○農業協同組合に対する亡健司の出資金10万円が亡健司の遺産である。

(2) 亡健司の死亡による脱退によつて、亡健司の相続人が定款の定めるところにより持分の払戻を請求することができることになる。

(五)  農機具について亡健司が死亡当時あつた農機具は、評価額等が明確でないので、遺産分割の対象としない。

3  特別受益の有無

原審判理由欄三の「特別受益について」の説示を引用する。

4  寄与分の有無及び割合

寄与分に関する判断は、次のとおり付加するほか、原審判理由欄四の

「寄与分について」の説示を引用する。

寄与分制度は、被相続人の財産の維持又は増加につき特別の寄与をした相続人に、遺産分割に当たり、法定又は指定相続分をこえて寄与相当の財産額を取得させることにより、共同相続人間の衡平を図ろうとするものであるが、共同相続人間の衡平を図る見地からすれば、被代襲者の寄与に基づき代襲相続人に寄与分を認めることも、相続人の配偶者ないし母親の寄与が相続人の寄与と同視できる場合には相続人の寄与分として考慮することも許されると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審判認定の俊輔が中学卒業後農業後継者として相続財産の増加・維持に寄与した事実及び宏子が俊輔の配偶者として農業に従事し、俊輔死亡後も被相続人らと同居のうえ、俊輔の遺志を継いで吉田家の農業後継者のために農業に従事して相続財産の維持に寄与した事実を、相手方敏子及び同秀明の寄与分として認めることは寄与分制度の趣旨に反するものではないと解される。そして、俊輔及び宏子の寄与の期間、方法及び程度、本件の相続財産の額、他の相続人の生活歴及び寄与の有無等記録に顕われた一切の事情を考慮すれば、俊輔及び宏子の寄与に基づく相手方敏子及び同秀明の寄与分を相続財産額の半額と定めた原審判の判断が原審判に許された裁量判断をこえて違法であると認めることはできない。

5  具体的相続分

(一)  遺産分割時の亡健司の遺産の総評価額

2140万9794円

(二)  相手方敏子及び相手方秀明の各寄与分

535万2448円(円末満切捨)

(三)  相手方公子の具体的相続分額

356万8299円(円未満切捨)

(四)  相手方まき子、相手方悦子及び抗告人の各具体的相続分額

178万4149円(円未満切捨)

(五)  相手方敏子及び相手方淳の各具体的相続分額

624万4522円(円未満切捨)

6  分割の事情

昭和57年当時の当事者の生活状況及び分割に対する意見については、原審判理由欄六の「分割の事情」の説示を引用する。

本件記録によれば、その後の生活状況及び分割に対する意見は、次のとおりと認められる。

(一)  相手方公子は、現在老齢のため、全く仕事ができない。別紙遺産目録37記載の山林の共有持分の取得を希望している。

(二)  抗告人は、茂原市○○××番地にアパートを建設し、その収入で生計をたてている。

(三)  相手方敏子は、昭和61年1月29日長田実と婚姻した。肩書住所に居住し、○○病院に勤務している。

(四)  相手方秀明は、高等専門学校を卒業し、○○株式会社君津工場に勤務しているが、将来農業後継者となる立場にある。現在、肩書住所地において相手方公子及び母宏子と同居している。電話加入権の取得を希望している。

7  具体的な分割方法及び取得額

すでに認定・説示した事実及び記録に顕れた一切の事情を総合考慮すれば、亡健司の遺産は次のとおり分割するのが相当である。

(一)  抗告人の取得財産

別紙遺産目録10、14、15及び27記載の不動産

評価額合計189万6752円

(二)  相手方公子の取得財産

別紙遺産目録17、28、36及び37記載の不動産、並びに定期預金合計

206万1256円の代償請求権

評価額合計 259万1191円

(三)  相手方秀明の取得財産

別紙遺産目録1ないし9、10ないし13、16、18ないし26、29ないし35記載の各不動産、前記電話加入権、及び前記出資金返還請求権

評価額合計 1692万1851円

右のとおり分割すると、抗告人は具体的相続分額を超える不動産を取得することになるが、必ずしも取得を希望していない物件を取得させること及び不動産の評価が相続税課税評価額によつていること等を考慮して、金銭支払による調整措置はとらない。相手方公子は具体的相続分額に97万7108円不足するが、同人は原審判に不服を申し立てていないこと及び相手方秀明との関係、相手方秀明の資力を考慮して、相手方秀明は、遺産取得の代償として、相手方公子に対し、70万円の金員を支払うのが相当と認める。相手方まき子及び相手方悦子は、いずれも相手方秀明に遺産を取得させる代償として金銭による支払を希望しているところ、両名は原審判が代償として支払を命じた金額に不服を申し述べていないこと及び相手方秀明の資力を考慮して、相手方秀明は、遺産取得の代償として、相手方まき子及び相手方悦子に対し、それぞれ150万円の金員を支払うのが相当と認める。相手方敏子は、相手方秀明に相続分を譲渡したものと認められるから、遺産を取得しない。

三  よつて、右と結論を異にする原審判を主文第一項のとおり変更し、原審判及び抗告審の手続費用は各自の負担とすることとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 山中紀行 小林正明)

(別紙) 抗告の理由

一 原審判は遺産目録記載の36の物件のみが遺産であるとの前提に立つも、右の他左記物件も亦遺産に属する、抗告人は調停、審判を通じ公子らに対し遺産を全て明らかにする様、要求し続けて来たが、公子らはこれに応じようとしなかった。いずれにしても右物件の存在が明らかになった以上原審判はその基礎を失ったものと云うべきである。

君津市○○字○○××番

一 山林 3,067m2

に対する共有持分26分の2

二 原審判は遺産として貯金が211万余円有ったとするも、その外に農協とか銀行への預金が有ったはずである。原審判は右211万余円は葬儀費用等に全部費消されたとするも、その真否は不明であり、公子らの作為が感じられる。通常葬儀費用は貯金をおろさずとも香典でまかなえるはずであり「その後の供用」の内容も不明であるばかりか、供養、墓石の建立等は祭祀主宰者の負担に於て行うのが当然ではなかろうか、抗告人には香典がどの程度集ったのか知らされていないし、供養、墓石建立について予算などの相談は一切なかった。公子らがそれら一切を抗告人に相談もせず取り行っておきながら、それらの費用は遺産から支出されたと後日主張されても困るのである。

三 原審判は特別受益に付、審判の対象とすることは出来ないとするも、生前贈与の有無を明らかにすべく努力したのであろうか、審判不尽の疑が有る。吉田俊輔名義の左記土地は遺産に属するか又は被相続人が俊輔に対し生前生計の資本として贈与したものと考えるべきである。

君津市○○字○○××番×

一畑 1,110m2

右土地は登記簿上、昭和35年4月28日俊輔が高田義明より買受けたことになっている。しかしながら、昭和35年当時俊輔は24歳であり、被相続人の農業を手伝っていたに過ぎない者が、姻を1反1畝6歩買い受ける力の有るはずはない。

だとすると、被相続人が買取ったか、税金対策か何かで長男の名義にしたか、又は被相続人が跡取り息子である長男の為に買い与えたのかいずれかである。

四 本件相続に於て敏子及秀明の為に寄与分を認めたことは均分相続を定める民法900条に違反するものである。

仮りに違反しないとするも、その寄与分を50%とすることは常識の枠を越えるものである。原審判は農地の分散を避け、「高校卒業後は家業である農業に従事することが見込まれる」秀明に農地を集中させることを考えたと思われるが、秀明は現在○○工業高等事門学校に在学中のものであり、卒業後は工専で得た知識を生かした職業に就くものと考えられる。寄与分を認めるとしても、宏子の寄与を認めることは許されない。就中夫俊輔死亡後の農作業従事の事実を以って寄与とすることは認められないものである。原審判は意図的と思える程、宏子の働きを強調し「被相続人分の農業の主体は宏子であったと見るのが相当である。」とするも、事実に反する認定である。成程宏子は良く働いたし、主として農機具の操作を担当していたものであるが、その余の農作業、出荷、仕入等については、被相続人及公子も行っていたものであり、被相続人は凍死する直前迄仕事に従事していたのである。この様に考えると「俊輔及宏子の働きがなければ、被相続人に属した現在の遺産が減少していたことは明らかである」との原審判の判断は誤りである。俊輔及宏子が働いたことは明らかであるが、両名が働かなければ遺産が減少していたとは、いかなる証拠に基く判断なのか理解に苦しむところである。仮りに俊輔及宏子が居なくても近所の農家の人に賃金を払い田植その他の農作業を手伝って貰うことは可能なのである。現代日本に於ては爺チャン婆チャンのいわゆる「二チャン」農業が十分成り立っているのである。然るに原審判は「二チャン」農業では遺産が減少していたことは明らかと断定する。右の様に断定する為には「二チャン」農業では田畑を手離さざるを得なかったとする具体的事実が存在しなければならないのではなかろうか、その様な具体的事実も存在しないのに、遺産の減少が明らかと断定することは事実認定の法則に反するものである。

被相続人の資産の増減への寄与を云々するのであれば、抗告人及悦子が中学校卒業後それぞれ職につき、被相続人の扶養から離れたことはまさに遺産の減少を防いだことになり、まき子が高小卒業後嫁入まで農業を手伝っていたこと、及抗告人が昭和33年頃の1年間農業を手伝っていたことも寄与と云え、抗告人が農機具の購入資金として俊輔の死後の昭和45年に30万円を被相続人の死後の昭和51年に50万円を各負担している事実も寄与と云えるのである。これらの事実を一切無視し俊輔及宏子についてのみ寄与を云々することは不公平である。

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